学びシリーズ:05
べつの生活デザインとの邂逅、卒業後の学び
1978年度専攻科卒業/観堂達樹
生デ卒業後、長年にわたって多様なクリエイティブ系の仕事に携わり、ありがたいことに高齢者となった現在まで続けることができていますが、近年は、これまで繋がりのなかった分野の仕事も始めていて、そこで、今まで想像したことさえないまったく新たな「生活デザイン」の学びに巡り会いました。
高齢マルチクリエイターは、想定外な分野へも
長年二人暮らししてきた息子が留学し独居となった 2010年代は、データのやり取りだけでなく打ち合わせや会議もネットが一般化して多くの業務は在宅でこなせるようになったので、拠点を出身地へ移すことにしました。若い頃より仕事量は減少したものの、今も地方都市に居ながら首都圏のクリエイティブ案件を手掛けています。一方、地元での営業活動で近所の介護施設を訪れたときに気づきがありました。看護学校系の案件キャリアはあったので営業先に選びましたが、施設長との会話で80歳超の職員もそこでは元気に働いていると聞いて驚きました。後期高齢者がフツーに働ける就業先の存在を初めて知ったのでした。
介護業界は今後さらに重要な分野になっていくだろうし、クリエイティブの需要も高まっていくはず。やがてこの分野へ営業活動するには、介護の現場経験をもってプレゼンすれば相互のシンパシーも生まれて説得力も高まるはずと企みました。介護士の資格を持つことは副業の可能性としても有効だろうと調べたら、介護福祉士育成の自治体(国)支援があることを知り、面接を受けてから、希望する学校の入学試験も受けて介護福祉の短大で学ぶこととなりました。
それから 2年間は、半世紀弱ぶりに学生生活を体験。同級生には企業定年退職後の仕事を目指して入学した女性も1人いましたが、他は高校新卒生ばかりでした。授業は多種あって、この講師キャリアもある高齢学生は講義内容の不明点にはいつも挙手して積極的に質問するので、若い同級生にとってはメンドーなジジイだったでしょう。でも手前味噌にいうと、そんな社会人がいるおかげで授業に真剣味が漂い、新卒生しか居ない他クラスとはだいぶ異なる空気感が生まれたと思います。稀に授業時間中に隣クラスや校庭の話し声が非常識に大きいことがあると、手を挙げて教員にことわったうえで、代わりに隣クラスや外の現場へ行って当事者たちに厳しく注意したりしました。2年次は国家試験前提の授業が多くなったものの、ことに有意義だったのは合計 5ヶ所の施設実習の体験でした。各々 2〜4週間にわたって多様な介護業務を実習体験するなかで、同種の施設であっても内情は各々に大きく異なることを学びましたし、勤務先の選択眼も養われました。それから国家試験を経て資格取得し、さっそく現場体験を得るために良さそうな施設を選んで入社面接を経て、パート介護福祉士として働き始めました。
これまで長年クリエイター業務をしてきた私にとって、クライアント、代理店スタッフ、制作チームスタッフ等それぞれに、説得力ある論理的なコミュニケーションがいつも不可欠でした。しかし、介護の現場で大きなポイントとなる「利用者とのコミュニケーション」は、まったく別次元なものでした。
勤務を始めたデイサービスの介護現場では、簡単な会話さえ困難な利用者も少なくはありません。声がけに反応のない利用者でも「こちらが言うことは伝わっている」と先輩介護士からアドバイスされました。個別に異なる要介護利用者への対応を他の介護士達の利用者対応からも学びつつ介護業務をしばらく続けていくと、利用者側の反応はなくともこちらからの声がけや振る舞いが重要であることに気づきます。
働き始めて2〜3ヶ月も経つ頃には、なんとか各々の利用者と挨拶や会話も交わせるようになっていました。コミュニケーションのスタイルは利用者ごとに、またその時々に多様であることも体験しました。そして、ごく普通に会話しても翌日にはすっかり記憶から抜け落ちている方との刹那なコミュニケーションや、こちらからのメッセージへの反応が捉えにくい場合でも、そこにもコミュニケーションの喜びがあることは徐々に体感できてきました。相手側もやがて、施設でよく見かける私の存在を空気感のように捉えてもらえたりするようで、そんな関係の在り方も初体験で楽しんでいます。
介護福祉の学校では先生方からは「利用者とのコニュニケーションを通してこの仕事が好きになる」といった話を何度か聞いてはいたものの、短期記憶障害とか認知症気味の利用者とのコミュニケーションなんてありえないだろうと最初から期待していませんでした。しかし現場に入ってみると、それをたしかに実感でるようになりました。
そして、そうした新体験の環境で、クリエイティブの根幹にも関わるような発見もありました。
また新たに「生活デザイン」を発見
介護現場でパート勤務する私は、業務車両での利用者宅への迎えや入浴介助などを主に担当していますが、スキルとしては、介護度の高い利用者への食事介助やトイレ介助、移乗、口腔ケア等も実施できるようになっています。
たとえば入浴介助では、利用者ごとに適切な洗身方法は異なるうえ、同じ利用者でも日によって適切な方法が異なったりもします。より快適な入浴機会を提供するために、都度利用者に声がけしながら各々に適した洗身介助を、当人の自立支援も念頭において余計な介助は控えつつ実施するのが原則です。その一方で、クリエイター的な意識もはたらいてしまう私としては、たんに自立支援を踏まえるだけではなくて、その時々の利用者の喜び・満足感をどれだけ展開できるか、との思いも並列してあったりします。
ある日の入浴介助では、洗い場で腰掛けた利用者にテキパキ作業する若い女性介護士が、ゆったりした口調で利用者に話しかけながら足趾の間まで洗ったり、浴槽に浸かった利用者の四肢の指を優しく包むように撫でながら身内のように話しかけている姿を視界の隅にとらえた私は、未経験なものを目撃した感覚で、「ああ、これこそ介護の姿か!?」と打たれたのでした。
その衝撃を自分なりに思い返してみると、「利用者に深く共感する」ことのようであり、この共感とはいわゆる「シンパシー」よりも踏み込んだもので、考え巡らせてたどり着いたのが「エンパシー」の概念でした。これは、相手の感覚を自分ごととして感じること、「相手の靴を履く」観点とも形容されるもので、私はこれを、介護という「生活デザイン」の基本スタンスとも感じています。そして、他の職員にも「エンパシー」について改めて考えてもらうことも意味があるだろうと思い、これを解説するプレゼンテーションも施設のミーティング時に実施させてもらいました。
もちろん私の入浴介助でも当然このスタイルを取り入れています。自身の足の先まで洗えない利用者はわりと多いので、本人の意向を確認したうえで足の指の間まで丁寧に洗うようにしています。洗われる側にとってはきっと気持ち良いでしょうし、感謝の言葉を発する利用者も少なくありません。ある利用者は自分の身内にその感激体験を紹介したよと教えてくれました。また同様に利用者の意向を確認した上で、温かく湿らせたタオルで耳を拭いたりもします。それは私自身が子供の頃の床屋でやってもらった気持ち良さを思い出したからでした。そのように、入浴時間に予想以上の心地良い体験をしてもらうことは介護のサービス品質につながるとも考えていますし、こうした取り組みは介助する側にも喜びがあります。
このような介護の現場で発見した「エンパシー」のスタンスは、翻ってクリエイティブの世界でも活用できるでしょうし、思い起こせば、クライアントや想定ターゲットへのプランニングなどではこれまでにも「エンパシーな感覚」が背景によぎることはあったかもしれません。いずれにしろ、その感覚を再認識していけば今後、クリエイティブ分野でも新たな成果が期待できそうです。